どのような分子の進化が、植物のからだのかたちを進化させたか?

植物のからだの形は進化の過程で複雑化、多様化してきました。そのからだの形の進化の背後には、それに関わる分子の進化があると考えられています。花は葉が変化してできた器官といわれていることを聞いたことがある人も多いと思います。一方で、共通祖先が持っていた葉の機能を退化させ、新しい器官を作り出している例も見つかっています。わたしたちの研究室では、この葉の退化に関わる遺伝子を発見し、このような形態の進化がどのような分子の進化により引き起こされているのかを明らかにしました。

このほかにも、わたしたちの研究室で注目している体軸形成と細胞極性に関わる分子についても、藻類から維管束植物の間にはさまざまな差違が発見できるでしょう。その差違から、どのような分子基盤の進化が植物の形態の進化を引き起こしたのか?という問題について研究していきたいと考えています。

現在取り組んでいる課題、これから取り組みたいと考えている課題は次のとおりです。

1. オーキシン極性輸送システムの進化過程の解析

2. 側生器官・葉緑体の退化機構の解析

3. 植物の共生メカニズムの進化生物学的解析

研究内容をさらに詳しく

オーキシン極性輸送システムの進化についての研究

双子葉植物の葉脈パターン形成に見られるように、オーキシンの極性輸送は複雑なパターン形成を実現します。また、組織を形成する個々の細胞は、オーキシン極性輸送によりつくられる組織中のオーキシンの濃度勾配を座標として認識しているかのように分化していきます。このとき、細胞は非常に明確な極性を示しますが、この極性形成の背後には、オーキシンとPINの分子基盤が働いています。一方で、複雑なからだをもたないコケ植物などにも、このオーキシンとPINの分子基盤を構成する遺伝子は保存されています。根も葉も持たないコケ植物は、この分子基盤を何に用いているのでしょうか?

パターンの複雑さと形態の複雑さのあいだにはどんな進化的な関係があるのか?どの分子(群)の、どのような進化が植物形態の複雑さを生み出せるようになったのか?という疑問に答えるために、オーキシン極性輸送に関わる分子群に着目し、それらの、様々な植物種の発生・形態形成における働きを解析し、比較解析を行います。

ゼニゴケにおけるPIN1の発現
ゼニゴケ無性芽の全体像

側生器官の形態進化の背後にある分子の進化

地球上の植物は多様な形態を示します。これは、側生器官である葉の形態の多様性が主な要因の一つです。葉はサイズ・形態の多様変化だけでなく、花として異なった器官へ分化します。また、その一方で、サボテンやギンリョウソウなどにみられるように、葉自体を退化させる進化を引き起こします。これまでの植物学においては、葉を退化させる分子メカニズムについてはほとんど明らかにされていませんでしたが、わたしたちは葉を退化させる転写因子ALOGを発見することに成功しました(Naramoto et al., 2019 PLoS Biol)。ALOGは、細胞分裂の阻害や、葉緑体を退化させる機能を持つ転写因子であり、この機能はコケ植物のゼニゴケ・単子葉植物のイネにおいて保存されていることも見出しました。イネ・ゼニゴケ以外にも進化の過程で葉を退化させた植物は多く存在します。今後はこのような植物においてもALOGが働いているか解析を行い、葉を退化させる機構の進化においてALOGが果たした役割を明らかにします。

栽培イネは進化の過程でALOG遺伝子を用いて側生器官を退化させていた(Naramoto et al., 2019 PLoS Biol)

植物の共生メカニズムの進化

植物が始めて陸上化した際には、肥沃な土壌は存在せず、植物の生存に適した環境ではなかったと考えられます。そのため、植物の陸上化の初期段階では、菌類との共生により栄養分を獲得することが重要であったと予想されます。そこで今後、植物が菌類と共生するメカニズムについて解析を行います。とくに、コケ植物が菌類と共生するメカニズムを解析し、それを種子植物の知見と比較することで、共生を確立するメカニズムの進化について明らかにします。

研究者
楢本研究室
楢本悟史 Satoshi Naramoto
大学院理学研究院 生物科学部門 准教授